施術者プロフィール-青木-

学生時代

私が医療を志したきっかけは、学生時代の自身の繰り返す『足の捻挫』でした。

どうして、いつも私の足は捻挫ばかりするのか、、、。

早く治したい=陸上の大会に出場したい。わたしに欠場するという選択肢はありませんでした。

当時は、足をかばって歩く生活が続き、治ったと思うとまた練習中に捻挫をし、今度こそきちんと治そうと思っても、また大会。

そんな悪循環の中、わたしは足を骨折する大けがをしたのです。

膝から下をギプスで固定し、入院中はトイレやその他、何をするのも移動は全て車いす。

常に誰かの手を借りないと、満足に生活ができない状態で、退院後もしばらくは松葉杖をついての生活でした。

普通に歩きたい、早く走りたい!そんな焦りとは裏腹に、松葉杖はとにかく難しく、とても不自由でした。
私の足はみるみる痩せていき、骨折をしていない方の足と比べると、自分の足とは思えないくらいしぼんでいました。

ケガをした足に、体重をかけて普通に立って歩くこと自体がとても困難でした。

筋力を失い、バランスを保てなくなっていたため、自己流で筋トレを行うと、今度は膝や股関節を痛める結果になってしまいました。

リハビリをして、正常に歩けるようになるまでが、とても長い道のりでした。

そんな経験をした私は、リハビリの大切さを教えていきたいと医療従事者の道を志すようになり、資格を取得し柔道整復師として働くようになりました。

社会人~現在 「ゆるかかと歩き」に出会うまで

治療の仕事をしていく中、治せない足の疾患とぶつかりました。

それは『外反母趾』です。

当時は、外反母趾の文献や参考書を読み、治療をしてみても、患者さんの痛みが良くなることはなく、せめて専門家を紹介してあげたいという気持ちになり、足を専門としてる所を紹介しようと探したこともありましたが、残念ながら足の専門家と掲げているだけで、治療内容は今までの対処療法と何ら変わらないものでした。

どこの病院にも、外反母趾の実績や症例をあげてはいなかったので、外反母趾を改善させた信頼できる先生はいませんでした。

自分の中で、本当に外反母趾の納得のいく治療が見つからないまま、ついに外反母趾は誰にも治せないんじゃないかと、思うようになり外反母趾を本気で治したい、という情熱は薄れて行きました。

月日は流れ、あるときから日常生活で、頭痛が起こるようになり、薬を飲んで仕事をし、どうにか良くならないかと、ストレッチをしたり運動をしたり、なるべく痛みが起こらない方法を試してはみたものの、一向に良くなる兆しはなく、症状は悪化していきました。

そのころから足に外反母趾の痛みがあることに気が付き、ただ当時は頭痛の痛みの方が強すぎて、足にはテーピング巻いてどうにかごまかしていました。

しかし、頭痛は毎日起こるようになり、飲み薬だけでは痛みが改善されず、とうとう仕事もできず辞職することになっていきました。

これから自分はなにをしていけばいいのか、生活をするにも、仕事の面でも不安しかありませんでした。

ただただ、落ち込む日々が続きました。

それから、まず今の自分の体について徹底的に調べようと整形外科へ行き、精密検査を受け、首に原因があると言われ、カイロプラクティックにも通いましたが、一定の痛みの軽減だけで完治は見込めず、痛みの具合を図りたいからと薬を飲まずに、治療をする方向に切り替えたとき、とうとう、外反母趾の痛みは酷くなり、足は重く歩くのが困難になり、病院へ行くのも辛い状態にまで至っていました。

今度は、患者さんではなく、私自身が本気で外反母趾に向き合う所まで追い込まれていきました。

しかし以前私は、患者さんの治療を色々と試して良くならなかったことから、それらの治療に期待できないことは実感していました。

それでもどこかにヒントはないか、視点を変え様々な情報を集めていたところ、ネイティブウォーキング協会の中島武志先生が発信している、YouTube で衝撃的な情報を目に
しました。

そこで足に関する理論を知り、そして感銘を受け、これしかない!と奮起し、まずは自分が変りたい!!!と思いインストラクター講座を受講しました。

しかし私の思っていた『歩き方』とは、大きく違っていたのです!

このゆるかかと歩きは、まるで足に羽が生えたかのように軽く、次々と足を楽に前に出すことができたのです!

足の使い方を変えただけでこんなに、足は軽いんだ!と驚きました。

重い足を引きずって歩いて来た私は、目からうろこの体験でした。

そしてこれこそが、自分が追い求めていたものだ!と確信し、自分が実験台になり、毎日取り組むようになりました。

そしていま私の外反母趾は痛みも無く、角度も改善され、まともに歩くようになったお蔭で、頭痛も無くなっていったのです。

今まで続けてきて思うことは、自分で自分の体の変化に驚きを感じたのと同時に、この歩き方と出会っていなかったら私は、仕事を続けていくことすらできなかったんだ、と思いました。

今度こそ、自分が改善した喜びがあるから、自信をもって外反母趾の患者さんと向き合い、改善

される喜びを、共感できるインストラクターを目指していきたいと思っています。